渚のさむらひ 三人ヲトメ
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


        



片田舎の宵は、心なしか都会よりも早いし深い。
歓楽街から遠く、静かで余計な明かりも少ないがため、
濃密な夜陰にあっと言う間に包まれてしまい。
夜空を見上げれば降るような星が瞬き、
よくよく耳を澄ませば、
まだまだあんなに暑い昼間だというに、
かすかながらも虫の声まで聞こえ始めていたりもし。
ここは海辺の里だからか、
潮風の揺する木葉擦れの音も絶えないが、
それらの底にて静かに響くは、遠く近くに繰り返される細波の声。
暗い海にてわずかに灯るは、常夜灯代わりのブイの灯か。
月の影さえ波に散らされ、
浜辺の砂だけが、褪めた白にて皓々と照るばかりのそんな中。

 「…誰も居ねぇな。」
 「ああ、大丈夫だ。」

満足な明かりもない中では歩む人さえないはずの、
寄せる波以外には動くものとてない、
そりゃあ閑とした浜辺だのに、
こそりとした声を交わす者らがおり。
こうまで静謐な場所、彼ら以外には誰も居ないというに、
人目をやたらに案じている態度が却って怪しく。
浜側に誰もいないことを慎重に確かめつつも、
ふと海の方へと注意を向けると、
小さめの双眼鏡、オペラグラスを目許に当てて。

 「……戻って来るぞ。」
 「おうさ。」

この暗さの中でも何か目印でもあるものか。
そういえば、三人ほどいる内の一人はしきりと携帯を耳に当てており。
そうやって密な連絡を取り合う、
示し合わせというものをしているものか。
やがて、波の音の中からモーター音が聞こえだし、
空と海の境さえ判らぬほどの濃藍色の中から、
ほのかに輪郭が滲み出して来ての、陸へと近づいてくる存在がある。
釣り用のモーターボートのようで、
さして大きくはないが、
だからこそ、砂浜にぐんぐんと近づくことも出来るという、
計算づくの段取りだったのだろう。
なだらかな波打ち際の手前で、
さすがにそれ以上は無理と停まった船の中から、
数人の気配がバチャバチャと水を蹴立てて降りて来て。

 「首尾は?」
 「上手く行った。」
 「よし。上の通りにバンを停めて、る…?」

微妙な年齢差はありそうだが、
さりとて、さほど極端に
若いのと年配とが入り交じっているでもない男らで。
とはいえ、対等な口利きになっているのは、
何よりも“急ぐ”ことが優先される手筈だからという感が強い。
手短なやり取りも最後は歩きながらのそれとなっており、
ボートは此処へ乗り捨てるのか、それとも後から始末をつけるのか。
湿った砂をさくさくと踏みしめる歩幅も広くて、
身振りの大きさ、荒々しい動作であるのも気が急くせいか。
だが…学生が通学に使いそうな大きさの、
スポーツバッグほどの荷物を、濡らさぬよう落とさぬよう、
そこだけ慎重に構えているのは、
それが何より大事な荷物だからに他ならぬ。
砂浜の濡れたところを登り終え、
乾いた部分の砂丘のような模様を先頭の男が踏み散らかしたその瞬間、

  ―― ひゅんっ、と

どこからともなく、風を切るよな音がして。
それへと気づいた顔触れがハッとしたが、

 「わっ。」

波の音に紛れたか、
それとも何かが向かってくるなぞ完全に想定外だったのか。
ほぼ不意を突かれた格好になった面々の内、
先頭にいた男に何かが当たり、
そのまま ぱぁんっと乾いた音を立てて炸裂したものだから。
さすがに かなり驚いたか、
ひゃあっと声を上げつつ、飛びのくようにして後ずさる彼だったのへ。

 「な…っ。」
 「うわわっ!」

続いていた残りの面子もまた、
破砕音にも驚いたし、問答無用でいきなり押し戻されたことで、
どんな襲撃があったのかと、やや浮足立ってしまったものの。

 「騒ぐなっ!」

さすがに肝の座った御仁もいたようで、

 「しゃんとしねぇかっ、ごら。」
 「す、すまねぇ、兄貴。」

周囲へと油断のない目を配りつつ、
泡を食った身内へも鋭い声で叱咤を飛ばした落ち着きっぷりは、

 “大したもんですねぇ。”

まあ、気を抜けない大仕事ですから、
そういう人が配されていても当然ではありますが、と。
射出装置を操作した都合上、
目許の保護にと掛けていたゴーグル越しに眺めやった、
敵陣営への観察はそのくらいにして。
女子高生の小さな肩ででも砲台になれたレベル、
花火程度の火薬にて発射された特殊な“風船弾”が、
首尾よく炸裂したのを見届けた彼女の左右から。

  どこでそんなことへの要領を身につけたやら、
  さくとも足音を立てないまま、されど安定した足取りにて、
  乾いた砂地へ大きなストライドで踏み出した人影が二つ。

足音も立てなんだし、
周囲をまんべんなく塗り潰す月の光と同じほど、
此処には波の音も満ちているのに、

 「…誰だっ!」

腰を落としての、油断なく身構えたまま、
周囲を見回していたリーダー格。
ぺらんとしたアロハやTシャツといった、
浜辺というこの場には相応しい恰好をした面々だったが、
よくよく見れば…彼には少々似合ってない気がすると感じられ。
そうまで微妙に空気の違う、
重厚な存在感さえ帯びている兄貴格の男が醸す緊張感へ、

 「…っ。」
 「…!」

残りの面々も素早く恐慌状態を引っ込めると、
サッと体勢を切り替えたあたり。
素っ頓狂に驚きはしたが、
それでもこの仕事へ割り振られただけはある顔触れだったということか。

 “何をぶつけて来やがった。いやさ、”

どこの誰が、俺らの行動に気づいてやがったと、
自身への気合いも兼ねての恫喝をしてやりたいほどの、
芯の太そうな憤怒を抱えているのだろうに。
そして、獅子の咆哮もかくやというほど、
迫力のある怒声を放てもするだろう、喉も腹筋も強そうなお人だろに。
あくまでも焦るよりも現状への対処だと、
そりゃあ冷静なところがいかにも玄人でおっかない。
そしてそんな彼の忠実な兵隊であるのだろう、同座していた面々が、
自然と背中を向けあっての円になり、
どこから誰が突っ込んで来ても対処出来るようにと構えたとほぼ同時、

  ―― さく、と

本当に本当に微かな音、
それを拾えたのは、集中していたのと、
連綿と続く細波の音への慣れがあったからだろうと思えたほどに。
周囲に見えている木立の梢の揺れた音より小さかっただろうそれを、
瞬時に拾ってそちらへ視線を投げた、眼ぢからの強い兄貴分だったが、

 「わぁっ!」

そんな彼の手前にいた、リーゼントの若いのが、
何にか弾かれでもしたものか、右腕を勢いよく跳ね上げており。
それへと一斉に視線を向けた他の顔触れの中、
最も逆側に立ち、海の方を向いていた若いのが、

 「ぎゃっ!」

Gパンのベルト通しに下げていたチェーンを
じゃらじゃらうるさく鳴らしもって、どうっとそのまま前の砂地へ倒れ込む。
何かが自分たちの周囲を駆け抜けた気配はあったが、
何分にも照明なぞ皆無な暗がりの中だけに、
相手の姿なぞ見て取れはしなかったし、
駆け抜けただけでなく、
大の男が利き腕を取られたり引っ繰り返るほどの何かしら、
一気に仕掛けられたなんて、

 “どんだけの猛者だってんだ。”

頭はよくない、反射も今イチだが、
それでも、場数も踏んでいるし、荒ごとには慣れのある面子だ。
すぐそばにいる仲間が腕をねじられたなら、
何しやがるかと隣りの者が気づいて取り押さえているもの。
そういう連携が素早く取れて当然な面々のはずが、
今は完全に翻弄されており。

 「何を焦ってやがるんだっ!」
 「すんませんっ!」

こうなっては誰ぞの目に留まるかもなんて言ってはいられぬ。

 「サダ、マサ、お前らで荷物を車へ運べ。」
 「へいっ!」

後は残って、此処にいるらしい何者かを畳むぞと、
言うまでもなくの身構えと集中に入った男らの中。
頭目格らしき吊り目の兄さんが、
作業ズボンらしきパンツのポケットから取り出したのが、
ジッポらしい蓋つきのライターで。
ボートへ戻れば懐中電灯もあったのだろうが、そんな暇も惜しいとばかり、
カチンと蓋を開けたそのままのワンアクション、
炎を灯すとその手を頭上へ掲げ上げ、闇の中を透かし見る。
オイルライターのジッポは、多少の風では消えないことでも有名で、
ランプの代わりにしようとしたらしく、

 「そこにいんのは誰だっ!」

光の中、少しだけ広がった視野の先に、彼らのほうを向いた人影が確かにいる。

 「野郎〜〜〜。」
 「何処の関係者だ、ごら。」
 「取り引きと知っての邪魔だてか!」

気の短いのが、懐ろから匕首…ならぬ飛び出しナイフを掴み出し、
驚かされた腹いせもあってか勢いよく飛び出したものの。
いいストライドで駆け寄ってゆき、
大上段から一気に振り下ろされた切っ先は、だが、
彼より小柄な相手を切り裂いた…ように見えたのだが、

 「わわっ?!」

切りつけた当人が妙な声を上げ、たたらを踏んでの失速して倒れ込む。

 「シゲ?」
 「何やってんだ。」
 「…あ、こっちにも居やす!」

少し斜めの別角度、同じほどの距離を取った先に、
やはり誰かが立っており。
しかもその手には何か長い得物を持ってもいて、
明らかにこちらへ敵意がある存在に違いなくって。

 「何もんだ、てめぇっ!」
 「やっぱりそうだったんですね。」

がなった声へとかぶさるような、返事の声は意外にも女だ。

 「何でこんな時間に怪しい光が灯っているのか。
  確たる証左を固めるのに、丸1日かかってしまいましたが。」

手にした何か、ぶんと振って見せると、

 「思い出したんですよ、そういう取引の仕方もあったって。」
 「ごちゃごちゃと何を言ってやがるかよっ!」

微妙に痛いところでも衝かれたからか、
別口の男が…こっちは何を思ったか、銃を取り出したものだから。
それへはさすがに、吊り目がハッとし、
やめろと手を伸ばしたものの。
一拍間に合わずで…銃声がパンッと、
嘘みたいに軽やかに、乾いた音を短く立てた。
口径が小さかったのか、とはいえ、当たれば怪我は免れられぬ。
腕の悪いのには支給してない飛び道具で、
とはいえ、判断力には相応(そぐ)ってなかったらしいこと、
こんな形で知らされようとはと、
吊り目のリーダーが舌打ちしたものの、

 「……………え?」

確かにいた人影が、だが、こちらもあっさりと消えてのいない。

 「な、なんなんだよ、これ。」
 「銃に当たって弾けて消えたか?」
 「馬鹿なこと言ってんな。シャボン玉じゃねぇんだぞ。」

不気味な現象へ、落ち着きのない声を立てる仲間らへ、
慌ててんじゃねぇと どやしかけたその間合いに重なって、

 「うわっ!」

先に行かせた二人が向かった方から、彼らの声がしたものだから。
それだけは捨て置けぬと、
頭目格の兄さん、ライターを掲げたままで砂浜を駆け出したものの。

 「ナイフは振り回すわ拳銃は撃つわ、
  間違いなく銃刀法違反ですよね、これ。」

そんな鼻先へ叩きつけるような、いかにも挑発的な声がした。
やはり、若い、しかも女性の声であり、
さっき浮かんだシルエットも、
そんな年頃の女性のそれに見えたようなと思い出しておれば。

 「な…。」

先程 彼らが人影を見た位置に、ぼんやりと仄かな明かりが浮かんで、
そこへ再びの人影が浮かぶ。
だが、今度は触れる間もなくの あっと言う間に、
ゆらゆら揺れたそのまま消えてしまい、
消えたと同時に、やたら湿っぽい風が吹いたのはどんな気のせいか。
生暖かい風だなんて、もしかして幽霊かと、
息を飲んだ顔触れもいた中へ、

  かかっ、と

陸側から灯された強い光が幾条か、
彼ら不審な男らを一斉に照らしての夜陰の中に浮かび上がらせる。
それが何かしらの攻勢ででもあったかのように、
腕を差し渡して眩しさから眸を庇った面々の中、
先頭を切り掛けていた頭目の兄さんが、
様々に修羅場を抜けて深みを刻んだのだろ、精悍なお顔をしかめたのは、
それらが…パトカーでこそなかったが、
それでも回転灯をルーフに載せた、警察の車両だといち早く気がついたからで。

 「ヤス、現行犯だ、言い逃れは出来んぞ。」

ナイフや銃を持ち出したこと以上の罪科、
先に取り押さえられていた二人の、
抱えていた筈なバッグが取り上げられており。
末端価格とんでもない額の覚醒剤だったという“中身”を確認されていたこと、
言われるまでもなく悟った上で、
大きな吐息を落とした、花笠組 若頭、ガンリキのヤス兄だったそうな。




   そして、そして。


  「確かにお手柄ではあるが、
   警察無線ジャックをしたことは、
   それなりの訓告とかあるから……覚悟して下さいね。」

  「課長、何で“です・ます”なんだろう。」
  「そりゃあ あの中に、
   本庁の有名な警視だか警部補だかの知り合いがいるからだってよ。」
  「それと……。」


 思わぬ逮捕劇、それもこんな片田舎じゃあ、世紀のと題されそうなほど劇的な大事件をやっつけたとあって。何者かに乗っ取られた警察無線に振り回され、意図せぬまま駆けつけていた、地元の警察関係各位が少々混乱気味の現場において。そんな場には不似合いな存在へと向けて、初老の捜査課長が一応のクギを刺しておいでだったところへと。応援の加勢か、それにしてはかなり大きな黒塗りの車が威風堂々と乗りつけて。

 「お…。」
 「まさか花笠組の……?」

 逮捕した組員を奪還しに来たかと、現場に走った緊張感の中、思わず身構えた警察関係者の皆様だったものの。

 「………一子?」

 半白頭の捜査課長さんと向かい合ってた中の一人が、およと顔を上げてのそちらへ向かい。黒塗りのベンツはベンツで、結構な人だかりの中を器用にも擦り抜け、向かって来た金の綿毛の少女の間近へまで進んでいってのキュッと停まると。運転席からはかっぷくのいい制服姿の男性が、助手席からはブランドものだろ、だが辺りの夜陰にしっくり溶け込む漆黒のスーツを着た女性とが降り立って。後部座席のドアを恭しく開けると、そこから小さな爪先を片方ずつ覗かせ、それは優雅に降り立ったのが、

 「久蔵ねえさま。」

 更紗のフレアスカートに重なる、裾がカットワーク刺繍に縁取られた、品のいいオーバーブラウスも愛らしく。つややかな黒髪を市松人形のように丁寧に揃えられた髪形も、そりゃあ可憐に映るほっそりとした美少女が。駆け寄って来た三木さんチのご令嬢へとしがみつく。たいそう小柄なお嬢様だが、わざわざ少しかがんでやった久蔵であったところを見ると、慣れのある相手であるようで。彼女をお連れした男女二人の陪臣らも、そりゃあほのぼのと見守り、緊迫していたはずの空気が一気にほぐれた恐ろしさ。

 「どなたですか? あれ。」
 「さあ、アタシも初めてお会いしますが。」

 ただ、今宵の話の流れからして、と。ほっこり微笑った白百合さんのお言いようの後を接ぎ、

 「あれは、六葩会の空木という幹部の息女だ。」
 「………っ☆」
 「か、勘兵衛様?!」

 此処までは一人勝ち、もとえ、三人勝ちだったお嬢様がたが、初めてあわわと慌てふためいた、保護者の皆様が駆けつけてもいて。



   さあさ、種明かしは次の章だよん♪(こらー)










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  *書きたいことがありすぎて、なんだかごちゃごちゃしましたすいません。
   久々のすっとんぱったんとあって、盛り込みすぎですね。
   反省反省。


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